ギフテッド男子と父親のビミョウな関係

「どうすればうちの子の才能を伸ばせるのか」


ギフテッドを育てるご家庭では、多くの保護者がこの問いにぶつかります。母親が献身的に支える一方で、意外と見落とされがちなのが「父親の影響」です。

ボストンで留学代理店を経営し、日本からの留学生をサポートしていた頃、私は強く感じたことがあります。

男子は、父親の影響を受けやすいということです。

父親の言葉が、息子の心に残すもの

~励ましとプレッシャーの狭間で~

ボストンでは、多くの日本人留学生たちが大学受験の際に必要な英語試験「TOEFL」のスコアがなかなか上がらず、苦戦していました。


その姿を見ていると、努力しているのに結果が出ないもどかしさ、焦り、そして自信を失っていく心の葛藤が痛いほど伝わってきました。

そんな中で、男子受験生の背中を押す存在でもあり、時に重くのしかかる存在でもあったのが「父親」でした。


父親は、わが子、特に男の子の将来を案ずるがゆえに、厳しい言葉をかけてしまうことがあります。

「そのくらいの壁を乗り越えられなければ、社会では通用しない。今頑張れば乗り越えられる。」


「いくら能力があっても、テストで実力を発揮できなければ意味がない。勉強の方法を考えたらどうだ。」


「せめて〇〇大学くらいには入らなければ、負け組だ。とにかく努力だ、頑張れ!応援してるぞ。」

これらの言葉は、一見すると“励まし”のように聞こえます。


しかし、追い詰められている子どもの心には、まるで「愛されるためには成果を出さなければならない」というメッセージとして響いてしまうことがあります。

実際に、父親との関係がきっかけで心が病み、帰国を余儀なくされてしまう男子受験生のケースも少なくありませんでした。


現地で私たちがどんなに励ましの言葉をかけても、父親の言葉は潜在意識の奥深くに刻まれていて、子どもたちは自分を卑下し、次第に自信を失っていくのです。

ちなみに女子の場合は、出国前に本音を言い合える親子関係が築かれていることが多く、たとえ結果が思わしくなかったとしても、日本に電話して泣きじゃくったり、「もう日本に帰る!」「こんなのフェアじゃない!」と感情をぶつけたあとには、まるで嘘のようにすっきりと立ち直っていることがよくありました。

女子の立ち直りの早さには、いつも驚かされていた一方、男子の繊細さへのサポートが大きな課題でした。

アメリカでの受験

そうした経験から、今回は「男子ギフテッド教育における父親のあり方」に焦点を当てた研究をご紹介したいと思います。

2009年に発表された研究「高成績を収めるギフテッド男子における父親の影響の考察」 An Examination of Paternal Influence on High-Achieving Gifted Males(Hébert ら)は、10人の高度ギフテッド男性の人生を丁寧に分析し、「父親との関わりがどのように才能の開花を支えたか」を探りました。

そこから見えてきたのは、父親の「信頼」「勤勉」「導き」「期待」「誇り」「尊敬」という6つの共通項でした。

今日は、この研究の中でも印象的だったエピソードを交えながら、「父親(または父親的存在)」が果たす役割を考えてみたいと思います。

1. 「信じている」が子どもの背を押す

ある著名な映画監督の父親は、息子のことをいつも周囲に誇らしげに話していたそうです。

子どもがまだ何の賞も取っていない頃から、「あの子はきっとやる。時間の問題だ」と信じて疑いませんでした。

この“無条件の信頼”が、息子にとってどれほど大きな励みになったかは言うまでもありません。

父親は息子の作品にアドバイスすることもありましたが、最も強く伝わっていたのは「父は自分を信じている」という確信でした。

ギフテッドの子どもは、自分への評価に敏感です。

完璧を求め、失敗を恐れる子も多いもの。そんなとき、親が「君なら大丈夫」「見ているよ」と伝えるだけで、子どもは安心して挑戦できるのです。

2. 「背中で教える」父親の姿勢

もうひとりの事例は、ノーベル賞候補にまでなった科学者のエピソードです。


彼の父親は高等教育を受けていませんでしたが、家族のために昼夜働き続ける勤勉な人でした。研究者となった息子は後に語っています。

「父は一度も“勉強しろ”とは言わなかった。でも、働く姿を見て『努力とはこういうものだ』と学んだ。」

父親自身が努力の人であること、それを口でなく姿で示すことが、子どもの中に“やり抜く力”を育てる――そんな示唆的な事例です。

家庭での「父親の背中」は、言葉よりも雄弁です。

どんな仕事でも、どんな日常でも、「責任を果たす」「諦めない」姿勢を見せることが、ギフテッドの子にとって最良の“行動モデル”になるのです。

家庭での「父親の背中」は、言葉よりも雄弁。ノーベル賞候補にまでなったギフテッド科学者のエピソード
3. 「期待」と「自由」を両立させる父

もうひとつ印象的なのは、ある著名な音楽家の父親の例です。


彼の父親はプロのバイオリニストで、息子に音楽を教えながらも「自分の道は自分で選びなさい」と繰り返していたといいます。

少年は一時期、音楽から離れて他のことに夢中になりましたが、最終的には自らの意思で音楽の道に戻り、世界的な成功を収めました。


この青年は後年こう語っています。

「父はいつも“君の決断を尊重する”と言ってくれた。それが僕の自由を守り、同時に努力を支えてくれた。」

父親がかけたのは、「お前ならやれる」という期待と、「何を選んでも大丈夫だ」という信頼


この二つのバランスが、子どもの内側から湧き上がるモチベーションを支えたのです。

父親の期待と信頼のバランスがプロのバイオリニストを育てた

父と息子を結ぶ「相互のリスペクト」

研究者たちは、これらの事例から「成功したギフテッド男性には、父との間に相互のリスペクトがある」とまとめています。


父は息子の能力を尊重し、息子は父の生き方を敬う。そこに“支配”や“主従関係”ではなく“信頼”が生まれます。

伝統的に日本の家庭は父親の「権威」や「威厳」が尊重されていましたが、令和の今、親子が互いにリスペクトしあい、信頼関係づくりは十分に可能ではないでしょうか。


「父が子をしつける」というより、「互いに学び合う関係」。


たとえば、父親が若い頃は失敗談を話したり、子供から学んだことを率直に表現するだけでも、子どもにとっては“共に成長するパートナー”として父を感じられる瞬間になります。

保護者にできる5つのこと

この研究で浮かび上がった父親の行動を、私たちが今日からできる形に落とし込むと、次の5つになります。

1. まず「信じる」
子どもの未来を疑わず、信頼を口に出して伝えましょう。
「あなたならできる」と言われた記憶は、生涯の支えになります。

2. 姿で伝える
努力・誠実・継続。どんな仕事でも、真摯に取り組む背中を見せることが、最良の教育です。

3. 助けるタイミングを見極める
放任でも過干渉でもなく、「必要な時にそっと手を差し伸べる」関わりを。
失敗しても「次に何を学べるか」を一緒に考えましょう。

4. 高い期待を示しつつ、選択を尊重する
「こうあるべき」ではなく、「君の選ぶ道を応援する」姿勢が、ギフテッドの子どもにとって安心感と挑戦心を育てます。

5. 誇りを表す
成果を褒めるだけでなく、努力や挑戦の姿を認め、「誇りに思っていること」を声に出して伝えること。
その一言が、子どもの自己肯定感を支えます。

父親の「信頼」「勤勉」「導き」「期待」「誇り」「尊敬」がギフテッド男子を育てた
日本の家庭教育へのヒント

この研究の対象はアメリカのベビーブーム世代でしたが、現代日本の親子にも通じるのではないでしょうか。


近頃は随分社会も変化してきましたが、それでも日本では父親が仕事で忙しく、子育ては母親中心になりがちです。

けれども、わずかな関わりでも「信じる・見守る・誇りを伝える」姿勢があるだけで、子どもの内面は驚くほど安定します。

アメリカの親は事あるごとに子供のことを「誇りに思う I am so proud of you」を連発します!

それは、結果ばかりでなく努力の過程でも、”I am so proud of you” と言葉にします。

日本語の直訳では「誇りに思う」ですが、「よくここまでやったね、立派だよ」「本当によく頑張ってるね」「さすがだね」 というニュアンスでしょうか。

この様に、常に子供を認める言葉を口に出すことが子供の自信につながっていきます。

また、この論文の中には含まれていませんでしたが、ご夫婦の調和も大切なポイントだと思います。

まずご夫婦が互いを信頼し、尊敬し合い、しっかりとコミュニケーションを取りながら、お子さんを信じて力を合わせて家庭を築く――そのような温かな土壌こそが、安心と安定をもたらし、やがて豊かな果実を実らせる鍵になるのだと思います。

是非、ご夫婦がお互いに <“I am so proud of you” 「よくここまでやったね、立派だよ」「本当によく頑張ってるね」「さすがだね」> を実践して、感謝とリスペクトを言葉に出して表現いただきたいと思います。

シングル・マザーの場合

本題からは少しそれますが、父親がいないご家庭での子育てのご苦労は、計り知れないものがあると思います。


私自身も同じ経験をしました。

母親と父親、二つの役割を一人で担いながら、生活も支えなければなりませんでした。

娘がまだ8歳のときに離婚し、父親は日本に帰国。以後、私は彼女を「生活のパートナー」としてすべてを共有してきました。

子ども扱いをせず、いつも一緒に相談して決める――それを私たちの原則としたのです。

お金が足りないときには、使い道を一緒に考え、高額な費用がかかる遠足をあきらめる決断も、親子で話し合って決めました。

近くに親戚はいませんでしたが、幸いにも娘が通っていたギフテッド学校の創立者ご夫妻が、「父親的存在」となってくださり、さまざまなロールモデルを示してくださり、影となり日なたとなり支援してくださいました。

その支えが、私たち母娘にとってどれほど大きかったか、言葉に尽くせません。

シングルで子育てをなさっているお母様、祖父、叔父、教師、コーチなど信頼できる大人の中に、“支える男性像”を見せてくださる方はいませんか。


ギフテッドの子どもは、社会の中で「尊敬できる大人」をモデルにすることで、自分の才能の活かし方を自然と学んでいきます。

シングルで子育てをされている方には、どうかお子さんとしっかりコミュニケーションをとりながら、二人三脚で歩まれることをおすすめします。

そして、周囲からの助けは遠慮せずに、素直に受け取ってください。

いただいたご恩は、いつかきっと「ご恩返し」や「ご恩まわし」という形で、誰かにリレーできます。


私自身、まだお返しをすべて果たせたわけではありませんが、日本でギフテッド教育を広めていくことで、少しでも「ご恩まわし」をさせていただいているつもりです。

シングルマザーのギフテッド子育て
おわりに

才能を持つ子どもは、時に繊細で、理想が高く、孤独を感じやすい存在です。そんなとき、父親の「信頼」「期待」「誇り」は、まるで灯台の光のように子どもの心を照らします。

論文の著者たちはこう述べています。

“The father’s belief in his son was the spark that ignited his achievements.”


「父の信頼が、息子の才能に火をつけたのだ。」

ギフテッドの子を育てるご家庭にとって、この言葉ほど力強いメッセージはないかもしれません。


今日もどうか、お子さんの中に眠る可能性を信じて、あたたかく見守ってあげてください。

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